教養論文の「盲点」について

さて今回は、教養論文対策の中に潜んでいる「盲点」について書きます。「盲点」ですから、「見ていても、見えていない」「わかっているつもりでも、わかっていない」という、自分ではなかなか気づかないこと、修正が効かないことについてです。

言うまでもなく、公務員試験の教養論文は、

「公務員として任官し、その職務に従事する者」

がその任務に当たる上で、必要な素養や観点を備えているか、ということが試される試験です。

この点、一般的な論文対策では、

「出題意図を理解して問題文に応じて書くこと」とか、

「論理を明確にしてわかりやすい文章で書くこと」とか、

そういう指導がなされます。

でも、そうした「形式面」については、受験生なら誰しも「それはわかってる」という感じではないでしょうか。「論文」とはいえ、形式的にはそれほど複雑な論理展開を求められるわけでもないですし。

問題なのは、そういう風に「形式面だけ整える意識」で教養論文を書いていると、先ほどの、

「公務員として任官し、その職務に従事する者」

が書く論文であるということを、忘れてしまいがちになるということです。

この点も、一般的には、

「行政職員として何ができるかという観点から書くこと」

という指導や解説がなされます。

もちろんこれは、「抽象論」としては正しいです。

しかし、「行政職員の観点から書く」というのは、「具体的」には何をどう書けばいいのでしょうか?「具体的」にわかりますか?

そこです。そこが、教養論文の「盲点」なのです。

「空き家の所有者を特定する」

具体例を挙げてみましょう。

たとえば、趣旨として「空き家問題」に関する取り組みを書け、という出題がされたとします。その時、論文に書くべき取り組みとして、頭の中にどんな施策が浮かびますか?

「空き家の再利用」ですか?
「解体後の土地の有効活用」ですか?

もちろんそれらも立派な施策です。しかし、公務員試験の教養論文で最も大切なのは、「空き家問題」に取り組むのが、「公務員、つまり行政職員」だということです。

少なくとも、行政職員は、リフォームのプロでもありませんし、解体屋でもありません。無論、不動産屋でもないし、公官庁はまさか建設会社であるはずもありません。

ということは、「行政職員」が「取り組むべき施策」が、建物の再利用や土地の有効活用ばかりであるはずがないのです。そんなことは、民間の会社が、結果的に公官庁から受託して行うことです。

もちろん、そうした施策を書いてはいけないといっているのではありません。行政が主導して進める施策であることに間違いはないのですから。

しかしながら、優先順位として、なによりもまず「行政職員にしかできない取り組み」が思い浮かばなければ、合格答案から遠ざかる、ということが言いたいのです。

この「空き家問題」で言えば、なによりもまず、

「空き家の所有者を特定する」

ということが「行政職員」の仕事になります。

空き家の所有権が誰にあるのか確定する作業を、もしも公務員がやらなかったら、「リフォーム」も「解体」も「土地の再利用」も、その後のすべての施策は絵に書いた餅になってしまうからです。

いかがでしょうか。

「行政職員の観点」から「空き家の所有者を特定する」という施策が、ちゃんと頭に浮かんだでしょうか?答案構成に書けるでしょうか?そんなのは当然だよ、と思っている方ならば大丈夫です。

あくまでひとつの例を挙げましたが、どんなに教養論文を書く練習をしても、そうした「本物の施策」を自分の頭の中にストックしておかなければ、限られた試験時間の中では、公務員としてもっとも基本的な施策を書き損じてしまうおそれがあるということです。

それが、教養論文の「盲点」です。

「盲点」とは恐ろしいものです。恐ろしいからこそ、自分では気づかないからこそ、事前に適切な対策をしておかなければならないのだと思います。

どんなテーマや論点に対しても、国や地方自治体が現実に行っている本物の施策を、しっかりと自分の中に取り込んでおいてください。

今回はちょっと厳しめのことを書きましたが、脇目も振らず試験に立ち向かっているみなさんに、絶対合格していただきたいと思って書きました。少しでもお役に立てれば幸いです。